5月 4th, 2011 . Japanese / No Comments »
5月3日15時52分 牡牛座新月
未曾有の震災
1000年に一度の大災害といわれる
311の東北大震災以降
人の気持ちが散り散りになってしまったように感じられます。
価値観の違う人や考えの違う人とも
それまではなんとなく、わかりあえていたような
うまくやってこられたような気がしたのに
いまではもう、それがどうやっていたのか
よく思い出せないほど
話の通じないような
気持ちの通じないような
目に見えない境界線を感じます。
神をも恐れぬ人間のエゴが作り出した
高い高いバベルの塔は
神の一撃によって
人間の話す言語が散り散りに分かれてしまい
崩壊しました。
いま、わたしたちは同じ言語を使っているけれど
まるでそんなバベルの崩壊のように
気持ちが通じ合わず
価値観がすれ違い
なにを話しても心に響きあわないような
ごつごつした違和感がハートにあります。
わたしたちが当たり前のように
求め続けてきた文明の形は
エゴを充たすためだけの行為であり
人智では扱うことのできない
「プロメテウスの火」を持ってしまったがゆえの
バベルの塔だったのでしょうか。
しかしいずれにせよ
塔は崩壊して
人の心は、気持ちは、考えは
いつの間にか、仲間と思っていた人とも
相容れぬほどに散り散りになってしまいました。
そのハートにごつごつと感じる違和感を
そのままに、どれだけ受け止めきれるか。
違和感を持つ相手と
どれだけ統合していけるか。
今月の新月はそんなテーマを感じます。
わたしたちはすべてを失い、裸になった。
心を覆っている鎧がなくなって
合わせているフリができなくなってしまった。
だから、裸のまま和合していくしかありません。
相手に合わせて自分を変えるのではなく
自分に合わせて相手を変えようとするのでもなく
違和感のある
異なる個性を持つひとりひとりとして
裸のまま、決して溶け合わずに
けれども美しいマーブルのような
ハーモニーを奏でていきましょう。
わたしが、わたしにしかなれないように
あなたが、あなたにしかなれないと
心底から本当に理解できたとき。
自分のあり方を心から尊重して
「これでいいのだ」
と自信を持って感じられたとき。
相手のあり方に違和感があろうとも
ただ、その人自身の個性をリスペクトして
ただ、そのまま、ありのまま
受け容れることができるでしょう。
すべてがなくなって裸になったあとで
唯一残る希望の星は
誰もが自分の内側に持っている
真実であり、素質であり、才能です。
もう出し惜しみしている時間はありません。
怖がっている暇もありません。
みずからの星を打ち上げて
光り輝いたとき。
そのままのあなたを受け容れてくれる
心強い仲間たちの存在に
きっと、気がつくことでしょう。
3月 4th, 2011 . 未分類 / No Comments »
3月5日05時47分 魚座新月
12サインの終わり、魚座にたくさんの天体が集まる、スペシャルな新月です。
新月はいつも、わたしたちにそのときに必要な新しいメッセージをもたらしてくれますが、
今回の魚座の新月でわたしたちの浄化がより進み、クリアになっていきそうな予感があります。
魚座は12サインの星座ですから、いままでの体験をすべて打ち上げて、
解決できなかった問題も「ありのままでいい」と受容していきます。
サインの始まりは牡羊座からですが、癒やしの始まりは魚座から、といわれます。
わたしたちの傷や苦しみが「分離感」から生じているのだとしたら、すべてを包みこみ、
ひとつにまとめるのが魚座ですね。
「頭が痛い」「胸が苦しい」「不安に押しつぶされそう」といった感情や感覚が
わたしたちの身体を支配するとき、
身体のどこか一部が切り離されたかのような感じがあります。
頭が痛いときは頭をおさえ、胸が苦しいときはハートを支え、
不安を感じるときはずっしりと重さを感じるように。
健やかさとは本来、重さを感じずにひとつであることです。
頭も心も身体も、そして魂も、軽やかに、ただ存在している状態です。
魚座はバラバラになってしまった、
わたしたちの心や身体、マインドをもう一度ひとつにまとめていきます。
「心が引き裂かれそうだ」と感じも、心は決して、裂かれることはありません。
そのような気持ちになっていることを受け容れることで、
ひとつになることができます。
わたしたちの脈打つ心臓。
そこから体内を循環する血液。
血液を運ぶ呼吸。
それらを内包している肉体。
肉体を統合している精神。
精神を引き上げる魂。
すべては、わたしたちの内側に存在している、ただひとりのわたし。
わたしたちが100%の自分自身となったとき、
世界もまたひとつであると感じられるでしょう。
いついかなるときも、わたしたちが平和で、健やかでいることができますように。
魚座の新月期は、日ごろの喧騒や気になっている感情を手放して、
ただただ静かな時間のなかで、自分自身の魂と対峙してみると良いかも知れません。
わたしたちが自分の内側に静けさを見出すことが、世界に平和を招くことにつながっています。
2月 3rd, 2011 . Japanese / No Comments »
2月3日11時30分 水瓶座新月
寒い季節の真ん中にやってくる、熱い熱い新月です。
言葉や気持ちに熱がこもり、その熱さが人を動かし、駆り立て、なにかが変わっていく。
そんな予感のする時期です。
水瓶はいつも、人の心に平和への期待を抱かせ、内なる改革を促します。
わたしたちが求めているものは、ただ自分が自分として、ありのまま、平和に生きていくことのできる世界。
虐げられることなく、力に圧迫されることなく、窮屈な思いに身を縮めるのでもなく、楽に深呼吸のできる、「わたしがわたしのままでいても良い」世界。
それを許さない、小さななにかの歯車の狂いを見逃さず、わたしたちはそれを肌で感じ取り、きりきりするような思いでそこに意識を集めて、少しずつ改修を重ねながら、新しい可能性を創り出します。
まずはいま、わたしたちが内なる思いを感じきり、それに心を動かされて、実際の一歩を踏み出すときなのでしょう。
この世界の唯一不変の原理は、すべてのものはいずれ死ぬ、ということです。
わたしたちは成長を続け、その形態を変化させ続け、なにかの痕跡のようなものを残して、次の段階へと移行していきます。この痕跡のようなものは、とても小さな一歩かも知れないけれど、すべての人が足を踏み出すことで、それは大地を揺るがすリズムとなり、世界を変えていく力となるでしょう。
いま、わたしたちは誰でもなく、自分自身の心に正直になって、怖れを感じるエゴを乗り越え、不安を感じるハートをやさしく包みこみ、そのうえにある高い志に生きている熱い意識をのせて、立ち上がり、行動を始めるときです。
わたしたちのいまここにおいての選択と決断と行動が、自分自身と、そしてまたわたしたちの住む世界を変えていく原動力につながっているのです。
どうか、現在起こっているエジプトの動乱でこれ以上の人々が犠牲になりませんように。
旧時代から新時代へと人々の意識が変わりゆく21世紀。血の流されない革命があっても良いのではないかと、切に願いします。
1月 4th, 2011 . Japanese / No Comments »
1月4日18時02分 山羊座新月
2011年になって初めての、日蝕の日の新月です。
やがてやってくる新しい好機に備えて、身のまわりの準備を細かく、だけれども、前向きにばっさばっさと調整していくような時期です。
いらないものをどんどん捨てていく片付け術が流行っていますが、山羊座という時期はそのように快刀乱麻の如く、合理的な四捨五入が必要となるでしょう。
太陽と月がちょうど山羊座の13度で重なりますが、13という数字はタロットカードのDEATH 死神に該当します。
このDEATH 死神の司る意味は、「死と再生」ですが、より多くのものを受け止るために、一度たくさんに充ちたカップを空にする必要がある、ということです。
再生のための、徹底削減。
一度、骨組みまで戻すことによって、肥えた脾肉を手放し、そこからちょうど良いサイズに組み直す…というのが、この13に込められた意味でもあります。
目に見えるものが減ると、目に見えないものの力が台頭してきます。
誰かに頼っていた気持ちから、自分の底力を発揮しようとする思いへ。
あるものに甘んじていた惰性から、より良く創意工夫しようとする意欲へ。
わたしたちは多くの力と可能性を秘めている存在だということを思い出しましょう。
豊かさや便利さが増すにつれて、わたしたちは自分に力があることを忘れてしまいますが、豊かで便利になった分、わたしたちはその力をより工夫して、暮らしやすく、働きやすくするために使うことができます。
わたしたちがこの新月の時期から創意工夫して、いらないものをそぎ落とし、環境を整えなおしておくと、その成果は半年後の6月頃から7月頃にかけて、得ることができるでしょう。
特に日蝕時の新月はスペシャルで、このときの影響はいつもより長く、深く続いていきます。
ここで惰性的に過ごすよりも、気を引き締めて、いるものと、使わないものを徹底的に分類し、力を入れるべきポイントを意識していきましょう。
わたしがもっとも輝くのは、どんなときでしょうか?
その質問を自分の心に投げかけて、返ってきた回答を強みとし、大切に育んでいきましょう。
なかなか回答が得られないときはまず、もっとも自分が心地よくいられるような環境を作ることを意識することから始めるといいかも知れません。
12月 22nd, 2010 . Japanese / No Comments »
2010年冬至~わたしたちの選択が、運命を創造する~
吐く息が白く輝きはじめる冬の季節は、わたしたちのより深い内側に豊かさをもたらしてくれそうです。
冬という季節は、地上の実りがなく、大地は不毛となり、厳しい寒さで覆われます。
物質的な面から見るそれは、不毛とうつることでしょう。
しかし、わたしたちの暮らす物質界と、それを支えている精神的な世界とは、常に共鳴して反作用しています。
目に見える物質が少ないとき、わたしたちは目に見えないものの価値を見出します。
そして、それが厳しい冬を乗り越える糧になるのです。
本当に大切なものの多くは、目で見ることができません。
たとえば、愛や、夢や、希望や、思いやり。
向上心や、智慧や、人とのつながり。
パートナーシップや、友情や、魂の癒やし。
わたしたち人間を人間たらしめているものは、この決して見えないけれど、大切なものが関係性のあいだに、成長する基盤に、存在しているからでしょう。
冬という季節は一見、わたしたちに厳しさを与えているように感じます。
だけれども、そんなときだからこそ、人と人とのつながりを大切にして、愛をもって、おたがいの存在を温めあうこともできるのが、人間の持つやさしさであり、思いやりなのでしょう。
もし、この冬至から三ヶ月のあいだに厳しさを感じたり、苦しくなったりしたとき。
自分や他の人を責めたり、なにかを奪おうとしたり、出し抜いたりすると、心はより殺伐として、不毛さが際立ってくるかも知れません。
だけれども、その厳しさのなかで、まわりの人たちと温かく仲良く過ごし、おたがいに思いやりをもって支えあい、愛を分かち合うことができれば、それは消えない心の灯火として、わたしたちを寒さから保護するものになるでしょう。
どうか、迷ったときは、愛を選択することを思い出してください。
わたしたちの「運命」とは、岐路に立ったとき、どちらの道を選ぶのか、という選択そのものを指しているのです。
11月 6th, 2010 . Japanese / No Comments »
11月6日13時52分 蠍座新月
蠍座の定位置、八番目のハウスで起こる、蠍の新月です。
ここのところ、水のサインに数多くの天体が滞在しています。
水というのは、心とか感情とか気分という、目に見えないものを象徴していますから、水が多くなると、気持ちが揺れ動きやすくなったり、心の内側から感情がとめどなく浮かんできたり、衝動的になったりすることがあるかも知れません。
わたしたちは自分の感情を持て余すことが、よくあります。
怒りに振りまわされて自己嫌悪に陥ったり、悲しみに振りまわされて沈んだり。
感情の嵐が身体を駆けめぐるとき、その扱いに困って、落ちこんだり、嫌になったりすることもあるでしょう。
だけれども、怒りも、悲しみも、苦しみも、その内側で大切なものを守っています。
わたしたちの価値や、わたしたちの自己存在が脅かされそうになったとき、わたしたちの強くて激しい感情が、それを守るのです。
それなのに、わたしたちは感情的になる自分を扱いづらいと、頭で考えることがあります。
明晰に物事を分析したい思考にとって、嵐のような感情は邪魔者に感じるのでしょう。
胸をしめつけるような苦しみや、頭が沸騰しそうな怒りや、目の前が真っ暗になるような悲しみは、身体を覆いつくして、思考の働きを遮断してしまいます。
それで、わたしたちは思うのです。怒りを手放したい。悲しみを解放したい。苦しみから逃れたい、と。
そうやって思考が感情を追い払うと、行き場を失った悲しみや怒りは、身体の隙間に押しこまれていきます。
骨のきわや、臓器のまわり、皮膚や細胞に。そうして肉体と寄り添い、今度は痛みに姿を変えて訴えてきます。
わたしたちの身体が、そして心が、激しい感情の内側で守っているのは、わたしたちの価値や自己存在、自己尊厳といった、とても大切なものたちです。
だからこそ、それらが危険にさらされたとき、心は叫びをあげ、身体は悲鳴をあげます。
それは、わたしたち自身に、気づいてほしい、守ってほしい、愛してほしい、という合図なのです。
わたしたちが怒りを、悲しみを、苦しみを遠ざけるのではなく、ただ寄り添って、見つめると、それらは消えてなくなります。
子どもが痛みを訴えるとき、なによりも強く求めるのは愛とぬくもりです。
そのように、小さなわたしの心に、わたし自身が寄り添ったとき、激しい嵐の感情は途端に青空に変わり、その中から、自己価値が、自己存在が、自己尊厳が、愛のなかで目覚めます。
これが蠍座の持つ力、トランスフォーム…変容の力です。
他者との関係のなかで、相手を変えることは、とてもむずかしいものです。
相手を変えようと躍起になると、怒り、悲しみ、傷つくことが多々あります。
しかし、他者のなかに投影された、自分の影を認めることで、自分自身を変えることはできます。
愛は、他者がくれるものではありません。
運命も、外からやってくるものではありません。
わたしたちが、他でもなく、自分自身と真摯に向き合ったとき。
どんなときもひたむきに、目を背けず、勇気を出して、一途に寄り添い続けたとき。
共に激しい嵐をくぐりぬけ、吹き荒れる波にさらされて、それでも、わたしがわたしの手をつかんで離さなかったときに、わたしたちは自分のうちに決して失われることのない、あふれるばかりの愛があるのを目撃するのです。
わたしの影は、わたしの才能になり、わたしのチャイルドは、わたしの守護天使に。
そして、わたしと、わたしの影は、共に手を取り合い、新たな運命を切り拓きます。
わたしたちは誰もがみな、自身の内側に、自分を癒やす力と、尽きることのない愛と、道を切り拓く勇気を持っています。自己尊厳と、自己価値と、あふれるばかりのすばらしい才能を。
だから決して、手を離さないでください。見捨てないでください。
あなたがもっとも遠ざけたい影の内側に、あなたが憧れてやまない、理想の自分がいるのです。
10月 8th, 2010 . Japanese / 1 Comment »
上昇宮乙女座で起こる、天秤座の新月です。
わたしたちはいま、時代の過渡期にいます。
過去と未来のはざま。時代の変わり目。
「いま、ここに」いると気づかないかも知れませんが、あとで振り返ったときに「ああ、あの時期が転機だったな」と感じられるような、変遷期の真っ只中に立っています。
新月のチャートを作ると、2ハウスの天秤座に4天体が集中しています。
これは、わたしたちの収入に関するテーマに、ひとつの波紋を落としているように感じられます。
現代の日本で生きていくためには、誰でもお金を必要とします。
それを得るための手段も数多くあります。
仕事をする、人からもらう、印税を得る、不労所得を得る、有価証券を売買する…しかし、その「いずれのやり方」が自分に適しているのか、わたしたちは知らないことも多いでしょう。
「自分の才能を使って、自分の収入を得ること」が、誰にとっても、シンプルでわかりやすく、そして簡単なことです。
才能とは、わたしたちの内側にあるもの。やっていてわくわくすること。
「努力する」のではなく「夢中になる」ので、そのスキルを自然と磨くことができるもの。
「もっとやりたい」と自然と思うので、スキルもおのずと向上するもの。
わたしたちはいま、ひとりひとりがそれを見つけて、取り組む必要があります。
もうすでにそれを見つけてやっている人も多くいるでしょう。
その人たちが先導となり、社会を共有している、ひとりひとりにまで浸透したとき、わたしたちの暮らしは充実した真の円熟期を迎えるのかも知れません。
天秤の14度で起こる新月は、内なる錬金の可能性を秘めています。
わたしたちのひとりひとりが真の素質にめざめていく過程。
もうすでに気づいている人は、より深く。
まだ気づいていない人も、なんとなく。
あるいはそれは、他者が気づかせてくれるものかも知れません。
人との関わりのなかでうれしいこと、楽しいこと、わくわくすること。
嫌な思いをすること、苦しいこと、怒りを感じること…。
どんなものであれ、感情が動くとき、そこにエネルギーが生じます。
他者によって動かされるエネルギーは、自分ひとりでは気づかなかった、新たな気づきをもたらします。
人との関わりのなかで感情が動いたら、耳をすませて、目を閉じて、外に探して見つからないものは、心の奥はるか深く、内のうちに。
他者を介して「わたし」と対話する。
他者のなかに「わたし」の鋳型を見出す。
他者との関わりによって、わたしたちは気づくのです。
わたしの価値に。
わたしの愛に。
わたしの尊厳に。
わたしの信頼に。
錬金に至るための道は、遠くて近く、遠ざけたいほどに、いとおしい。
苦しみや悲しみや怒りだと思っていたものが、才能として開花する、変容の道。
苦しみに寄り添い、怒りを見つめ、悲しみを受け容れたとき、苦しみも怒りも悲しみも、不思議と消え去ることに気づくでしょう。
これから一ヶ月のあいだ、たくさんの人とふれあい、たくさんの感情が動くたび、自分の心に寄り添うほどに、深い鉱脈から才能があふれてきます。
そして、いまここで受け取った才能は、来年の4月以降、新たな道を切り拓くための切り札となるでしょう。
わたしたちはそれを全員でやらなくてはなりません。
もうすでに始めている人は、みずから実践することで道を切り拓き、心を水晶のように研磨して、他者の鏡となっていきましょう。
まだ自信を持てない人は、自分にOKをいうことから始めましょう。
天秤座の新月は、ジャッジのない価値を見出すことを助けてくれるはずです。
9月 22nd, 2010 . Japanese / No Comments »
2010年秋分~中秋の名月のような、美しい黄金の~
中秋の名月からはじまる秋の季節は、わたしたちの内側にある、まだ目覚めていない資質を揺り起こすことになりそうです。
わたしたちはいま、時代のはざまにいて、ひとりひとりが選択するときにきています。それは、自分の人生を自分自身の手で創造していくための選択であり、決断です。
近年、天王星、海王星、木星といった天体が水瓶座を通り過ぎていきました。空間的なつながりから、時空的なつながりへと、わたしたちの生活が変化しているいま、自分を隠して生きていくことがむずかしくなってきています。
これからますます、わたし、という生き方の根を張り、個性の花を咲かせるために、みずから成長していくことが求められることになるでしょう。
もう出し惜しみすることはできません。自分を隠すような余裕を持っていられる時代ではないのです。
おのれのすべてを太陽の下にさらし、ありのままの姿で勝負するしかありません。ありのままの自分を見つめることは、ずっと隠しておいた影を見ることは、とても怖い作業かも知れません。
気づかなかったほうが良かった、見なければ良かったと、最初は思うかも知れません。だけれども、「受け容れがたい」と思っていた自分のなかにこそ、財宝があるのです。
青い鳥が世界のどこでもなく、自分の家にいたように。あるいは、なかなか見えない自分自身の姿を、他者という鏡を通して見ることもあるでしょう。
「この人のこういうところが嫌」
「この人にこうあってほしい」
そう感じたとき、あなたはその相手というフィルターを通して、自分を見ています。そして、もっとも受け容れがたい相手こそが、あなたの資質をもっとも深く掘り起こしてくれる相手でもあるでしょう。
秘宝のカギは大抵、危険な場所に隠してあります。取るのがむずかしいと思われる場所に。
あるいは、取りたくないと思わせる場所に。よどみ、あるいは影、あるいは闇といったもののなかにこそ、自分の内側に眠っている莫大な財宝を掘り起こすカギがあり、扉があります。
取りに行くのはとても怖いかも知れないけれど、これから先、財宝を使わずに生き延びていくことができるでしょうか。
誰かが保証してくれることのない時代をサバイバルして生きていくために、わたしたちはみんな、おそるおそる、おのれの内にある財産を解放していきます。
恐れを乗り越えて、みずからの闇を受け容れたとき。わたしたちの心は潤沢に充たされていき、たとえようもない安堵が広がり、世の中に黄金が満ちるのでしょう。
それは中秋の名月のような、美しい黄金の輝きが世の中にあふれる時代。それはもう、ここに準備されているのです。
9月 9th, 2010 . Japanese / No Comments »
乙女座新月2010~キチンと地に足をつけて、頭をからっぽにして~
乙女座の定位置、六番目のハウスで起こる、乙女の新月です。
乙女座は現実の結果や実際の感覚を表す地の元素に属するサインで、活動形態が柔軟である、ということになっています。そしてこのサインはまた、12サインにおける「個人の完成」を示すものでもあります。
結果を出すことに対して、柔軟である。
あるいは、実際的な行動が柔軟である。
ということは、どういうことなのでしょう。
人は経験によって、さまざまなことを学習していきます。
過去に体験したことは、「こういうものだ」「こうしたら失敗したけれど、こうすれば成功する」という、試行錯誤によるパターンが作られていきます。このパターンの集約がマニュアルとなっていくわけですね。
しかし実際の人生においては、過去に学んだことも、体験したこともない出来事がたびたび起こるわけです。
また、進んでそこに飛びこんでいくことが自分の挑戦であり、未知の領域や、自分だけの道を切り拓くことになっていきます。
未経験のものに対しては、マニュアルは通用しません。
みずから、手探りで試行錯誤しながら、前進あるのみです。
この未知の道に向かって「えいや」と飛び込むときに必要なのが、「結果を出すことに柔軟に対応していく」あるいは「実際の出来事に対して、柔軟に取り組むこと」なのでしょう。
未知の体験に対して勇気を持って、その時々で適当かつ柔軟に、すべての能力を駆使して慎重に突き進んでいったとき、わたしたちは新たな扉をひらきます。それは大きな扉です。
既知の体験を繰り返すことは、すでに持っている能力に磨きをかけますが、未知の体験に飛び込むことは新たな能力や素質の開発につながります。
「失敗してはいけない」「結果を必ず出さなくてはいけない」と強く思いこんでいるとき、未知の体験を恐ろしく感じられるかも知れません。
誰だって、真っ暗な道をひとりで突き進むのは、とても怖いものでしょう。
だからこそ、慎重にていねいに、一歩ずつ。
キチンと地に足をつけて、なにが起こっても対処できるように頭をからっぽにして。
恐れと共に進んだ道は、他の誰でもなく、自分の道。
そこでひらかれる力は、自分の力。
恐れが大きいほど、得られるものもとても大きいでしょう。
六番目のサインである乙女座は、個人が大きな世界のなかの一員であることに目覚めていくサインでもあります。自分のあり方も、他者のあり方も、すべてが大きな世界における物語の一部であり、そこに描かれる物語はすべて必要で、いつも完全です。
わたしは世界という物語のなかの、ほんの小さな1ピースでしかないかも知れないけれど、それは完成に欠かせない1ピースでもあります。
ひとりひとりの人間の、あるいは動物の、植物の、小さな葉っぱ一枚の物語であっても、それは大きな物語を構築するための、欠かせない1ピース。
わたしたちにできることは、自分の物語という筋道を歩み続けること。
さまざまな感情に寄り添い、自分の成長を信頼して、進むのをやめないこと。
世界では、なにが起こるかわからないから、地に足をつけて、心に寄り添い、目をよく凝らして、見ていてください。
恐れや不安と共にあなたが歩んでいく道は暗くてよく見えないかも知れないけれど、あなたが勇気を出して歩いた道は光降り注ぐ暖かな場所となり、かけがえのない、あなたの財産となるでしょう。
8月 24th, 2010 . Japanese / No Comments »
自分のもっとも柔軟で受容的なところを意識していきたい時期です。
あれは嫌、これも嫌というのは簡単ですが、それは自分の世界を狭くしていきます。
視点をすこし変えて、あれもいい、これもいい、と感じるだけで、世界はグッと豊かになるでしょう。
なにひとつ変わっていないのに、「わたしの意志」で世界の印象は変わります。